オスマントルコ時代に生まれた多様な文化、民族衣装

トルコのニュースと言えば去年はトルコの国政選挙があったので政治の話題ばかりだったように思います。
また、南側の隣の国がシリアなので今年も色々政治の話題がニュースになるかも知れません。
その一方で、トルコは現在高度成長の国なので日本やその他の国の自動車メーカーなどがトルコへの進出を決めていますので、こちらの方の経済の話題もニュースになるかも知れません。

トルコは1922年にトルコ共和国として共和制になる前はオスマントルコ帝国であったことは教科書に書いてあるので皆さんご存知でしょう。
オスマントルコ帝国はとても広大な領土を持っていました。
これもみんなが知っていることかと思います。
オスマントルコの領土は最大の時に東はアジアの一部から西は東ヨーロッパ、南は北アフリカの一部まで広がっていました。
ですからトルコは多人種、多民族、多宗教の多文化の国です。
現在では多くの人たちがイスラム教徒ですが歴史的な遺産等を見るとイスラム教はもちろんキリスト教やその他の宗教も入り混じった文化です。

民族衣装についても多くの民族が存在するので一概には言えません。
アルメニア人やクルド人の多いアジア側と元オスマントルコの首都イスタンブール(コンスタンティンノープル)がありトルコ人やギリシア人の多い東側、つまりヨーロッパ側の民族衣装では同じトルコの民族衣装と言っても違いがあるようです。

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The article was published on 9.2.2016. You can leave a comment using the form below or you can subscribe to our RSS feed.

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